ねぷたはながれろ ~“眠流(ねぷたながし)”を紡ぐ子供たち~
Tです。
いよいよ明日は今日はサッカー女子W杯の決勝です。
仕事中にスマホちら見しましょう。
今日の昨日の3決はイングランド勝利で、なんとなくホッとしたのは拙だけではないと思います。
…にしても、4年前のW杯以降なでしこに心惹かれる人は多いと思います。
結果を出し続けていることが前提にしても、彼女たちの姿に“日本人のよさ”を感じることが多いからかも知れません。
和を以て貴しと為す の実践
謙譲の姿勢と謙虚な振る舞い
敗者への思いやり…他たくさん。
結果はともかく、レジェンド澤のゴールを期待して。
反面、各所でたま~に目にする、耳にするねぷたに対するお気軽な“歴史”とか“伝統”とかにはウェっとゲロしたくなります。
さすがにもう、田村麻呂とか為信公起源説とかは ※参照 程度になりましたが。
ねぷたについては、依然その始まりからの全貌はわかっていません。
全国各地で昔(これがいつからかはっきりしない)夏に行われていた、“眠り流し”が、その起源であることは広く知られたことです。
眠り流し は津軽地方では“ねぷたながし”と呼ばれていました。
ねぷたながしの際に、子供たちは灯火、形代を持って、
「ネプタハナガレロ、マメノハハトドマレ、イヤイヤイヤヨ」とはやし立てて集落を練り歩きました。
ねぷたながしが、ねぷた祭りに変化し今日に至る変遷はまた別の機会、ということで

今後いろいろ出てくる内容については、
松木明知さん著 「ねぷた」 -その起源と呼称- から引用しています。
ねぷた(もしくは燈籠そのもの)はその形態、囃子、掛け声(唱え文句)、衣装など変化を繰り返し現在に至っています。
特に、上記唱え文句についてはかの柳田国男さん著の「眠流し考」に他の地方でも同じ意味合いの唱え文句があることが記載されています。
※以下「眠流し考」より引用
ネブタなんがれろ、豆の葉とんまれ(秋田県大曲)
ネムは流れよ、まめの葉はとまれ(埼玉県熊谷)
「眠流し考」が書かれた昭和30年以前には、「ネプタハナガレロ~」の唱え文句は各地で残っていたことを示唆する記述もありますが、この唱え文句については現在五所川原のみに残っています。
弘前でも青森でも木造でも廃れたはずのこの唱え文句を、さかえの子供たちが唄うのを聞くのは何とも言えないものがあります。
ざっと数えても、ねぷたがまだ“ねぷたながし”だった300年以上前から連綿と唱えられていたことを、21世紀のさかえの子供たちが紡いでいくことは大事なことだと思います。
もちろん、唱え文句も昔のままではありません。
4日から7日は、流すわけにはいきませんので、「ねぷたのもんどりこ」に文句を変えています。

「イヤイヤイヤヨ」も「ヤーレヤーレヤーレヤー」になっておりますが、ねぷたは「変化」してきたものです。
ねぷたながしが、各地で祭りとして華美になり、規模が大きくなり、たくさんの観光客を集めるまでに発展したことは素晴らしいことですし、そのために努力・奮闘してきた先人の業績・行動にはただただ敬意を示すのみです。またその一翼をさかえも担っていることは大事なこと。
でも、ねぷたながしの根幹をさかえの、五所川原の子供たちが引き継いでるってなんかいいよね。
リカ導師、段ボールに唱え文句書いて体育館内を走る走る…。

※今週のシロ。
シロはメスであることが判明。

発見したS立佞武多のSさんとRさんによると…
「★◎@△!!■↑Ю÷фだはんでメスだよ~」(超ネイティブ津軽弁)
ωが無いということですな。
いよいよ
仕事中にスマホちら見しましょう。
…にしても、4年前のW杯以降なでしこに心惹かれる人は多いと思います。
結果を出し続けていることが前提にしても、彼女たちの姿に“日本人のよさ”を感じることが多いからかも知れません。
和を以て貴しと為す の実践
謙譲の姿勢と謙虚な振る舞い
敗者への思いやり…他たくさん。
結果はともかく、レジェンド澤のゴールを期待して。
反面、各所でたま~に目にする、耳にするねぷたに対するお気軽な“歴史”とか“伝統”とかにはウェっとゲロしたくなります。
さすがにもう、田村麻呂とか為信公起源説とかは ※参照 程度になりましたが。
ねぷたについては、依然その始まりからの全貌はわかっていません。
全国各地で昔(これがいつからかはっきりしない)夏に行われていた、“眠り流し”が、その起源であることは広く知られたことです。
眠り流し は津軽地方では“ねぷたながし”と呼ばれていました。
ねぷたながしの際に、子供たちは灯火、形代を持って、
「ネプタハナガレロ、マメノハハトドマレ、イヤイヤイヤヨ」とはやし立てて集落を練り歩きました。
ねぷたながしが、ねぷた祭りに変化し今日に至る変遷はまた別の機会、ということで

今後いろいろ出てくる内容については、
松木明知さん著 「ねぷた」 -その起源と呼称- から引用しています。
ねぷた(もしくは燈籠そのもの)はその形態、囃子、掛け声(唱え文句)、衣装など変化を繰り返し現在に至っています。
特に、上記唱え文句についてはかの柳田国男さん著の「眠流し考」に他の地方でも同じ意味合いの唱え文句があることが記載されています。
※以下「眠流し考」より引用
ネブタなんがれろ、豆の葉とんまれ(秋田県大曲)
ネムは流れよ、まめの葉はとまれ(埼玉県熊谷)
「眠流し考」が書かれた昭和30年以前には、「ネプタハナガレロ~」の唱え文句は各地で残っていたことを示唆する記述もありますが、この唱え文句については現在五所川原のみに残っています。
弘前でも青森でも木造でも廃れたはずのこの唱え文句を、さかえの子供たちが唄うのを聞くのは何とも言えないものがあります。
ざっと数えても、ねぷたがまだ“ねぷたながし”だった300年以上前から連綿と唱えられていたことを、21世紀のさかえの子供たちが紡いでいくことは大事なことだと思います。
もちろん、唱え文句も昔のままではありません。
4日から7日は、流すわけにはいきませんので、「ねぷたのもんどりこ」に文句を変えています。

「イヤイヤイヤヨ」も「ヤーレヤーレヤーレヤー」になっておりますが、ねぷたは「変化」してきたものです。
ねぷたながしが、各地で祭りとして華美になり、規模が大きくなり、たくさんの観光客を集めるまでに発展したことは素晴らしいことですし、そのために努力・奮闘してきた先人の業績・行動にはただただ敬意を示すのみです。またその一翼をさかえも担っていることは大事なこと。
でも、ねぷたながしの根幹をさかえの、五所川原の子供たちが引き継いでるってなんかいいよね。
リカ導師、段ボールに唱え文句書いて体育館内を走る走る…。

※今週のシロ。
シロはメスであることが判明。

発見したS立佞武多のSさんとRさんによると…
「★◎@△!!■↑Ю÷фだはんでメスだよ~」(超ネイティブ津軽弁)
ωが無いということですな。
